工藤聡生
銀行、国際会計事務所勤務を経て開業。資金調達、事業計画による業績向上を支援している。早稲田大学政経出身、公認会計士・税理士。
星野リゾートも最初は八方ふさがりの中小企業だった
星野リゾートも最初から超優良企業だったわけではありません。
それどころか、現社長が会社を引きついだ時には、業績が停滞した中小企業でした。
しかも、リゾート法の制定により、大手資本が大型リゾートを建設して、観光ホテル業界に次から次へと参入していました。
大手の資本との競争にさらされた、資本力の乏しい中小企業でした。
先行きの見えない、追い込まれた状態だったのです。
その中で、星野社長は、一流ホテルへなるための変革に着手しました。
生き残れるかどうかわからないなかで、大志をいだいた訳です。
上を目指すには、サービスのレベルをあげなければなりません。
しかし、資本力の限られた中小企業なので、設備や人への投資はできません。
となれば、いまある人員で、サービスの質を上げるしかありません。
当然に、社員一人一人への要求は強まります。
ただ、業績が良いわけでなないので、給料は据え置きです。
社員からすれば、給料が上がらずに仕事が厳しくなるので、不満が高まります。
やめる人が続出しました。
3分の1がやめたそうです。
しかも、労働条件がよいわけではないので、ハローワークに求人を出してもひとは集まりません。
『星野にいったら殺される』という張り紙がハローワークに貼ってあったそうです。
やめた社員のいやがらせでしょう。
厳しい競争にさらされ、資金が不足し、人もなかなか採用できない。
いつ倒産してもおかしくない、八方ふさがりの中小企業だったのです。
どうすれば、この状況を打開できるか、深く悩んだようです。
サービスの質はあげたいが、だからといって、その分だけ、給与を引き上げることはできない。
どうすれば、社員がついてきてくれるのか。
そうすれば、思いを共有できるのか。
社長が、まず、実行したのが、使命とビジョンの明確化です。
『リゾート運営の達人になる』というビジョンを掲げました。
『リゾート施設の運営マネジメントを手がけ、軽井沢を超えて全国展開する』と宣言したのです。
社員に仕事への意味、夢を与えようとしたのです。
仕事により深い意味を与えることにより、より大きな貢献を引き出そうとしたのです。
社長自らが、信じている夢だったので、社員へは伝わりやすかったと思います。
社長が会社の使命感を明確にして、将来のビジョンを描いたことは、少しずつですが、会社を確実に良い方向へ成長させる原動力にはなりました。
この言葉は、社長の心の底からの言葉だったので、訴求しました。
彼の真実の思いを伝えたものなのです。
だからこそ、行動との間に解離がなく、強い説得力をもったのです。
夢やビジョンで人々を動かしたければ、嘘や美辞麗句ではだめです。
社長自身がまずは熱くなることが大切です。
社長の本当の意思しか、社員は説得できません。
偽りの美辞麗句は、簡単に見破られてしまいますし、ますます、社員を遠ざける結果となります。
さらに、スタッフにどんどんと権限を与え、楽しみながら働いてもらえるように気配りしました。
高品質なサービスの定義は人によって異なります。
価値観や人生経験が異なる以上は、当然です。
せっかく従業員がやる気をだしても、こうるさい上司が自分の偏狭な考えを押し付けて、がみがみと口を差しはさんだら、従業員は、失望します。
『社長の期待に応えて、お客のために一生懸命やったのに、社長の口からでるのは、小言と責任転嫁だけ』ということになり、社員のやる気をたちまちに失われるでしょう。
個々の社員からやる気を引き出すには、判断に許容範囲を与えて、多少、自分と異なる考え方であってもだいたいの方向性が同じなら賞賛・承認すべきなのです。
社長は、考え方の個性を大切にしてあげたのです。
また、情報を公開して、社員に会社との一体感をもってもらうようにしました。
会社の数値を公開して、『社長が給料を独り占めしているわけじゃない。利益がでればみんなで共有する』というメッセージを送ったのです。
社員を共同体の構成員として扱うようにつとめました。
まとめると、仕事をする意味を与えてくれる使命を明確にし、社員にそれを実行する権限を実際に与え、社員を共同体の一員として位置づけ、利益を共有することにしたのです。
これらの施策は、じわじわとではありますが、強い効果が発現していきました。
会社と一体感をもって、社長とこの会社でがんばろうという気持ちが、少しずつ人々のなかで強くなっていったのです。
この社員のがんばりがサービスレベルの向上を生み、会社を強くしていきました。
もちろん、すぐに会社がよくなったわけではありません。
不満を持つ社員は常に現れるし、社長がどんなに夢をかたっても、通じずに辞めていく人もいます。
社員が自主的に判断して、完璧に現場を回せるようになるまで成長するには、まだまだ時間がかかったようです。
ただ、変化は、確実に蓄積し、今日の星野リゾートの礎が築かれたのです。
投資するカネがなくとも、利益を上げる方法はあります。
それが、ビジョンであり、権限の付与であり、人々を対等の存在として受け入れ、承認することなのです。
設備投資が成功の必須条件といわれる宿泊産業ですら、有効なのです。
最大の経営資源であるヒトに関しては、払うべき対価は必ずしもお金だけとは限らないのです。
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